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千葉地方裁判所 平成2年(行ウ)7号 判決 1991年7月31日

千葉県市川市真間一丁目九番五号

原告

三葵合資会社

右代表者無限責任社員

本多安仁

右訴訟代理人弁護士

浜田脩

加藤祐司

千葉県市川市北方一丁目一一番一〇号

被告

市川税務署長大西幸策

右指定代理人

田口紀子

渡辺隆志

中野百々造

大西享

安井和彦

三浦正敏

佐藤均

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告に対し、昭和六三年一〇月二七日付けでなした、原告の昭和六一年一二月一日から昭和六二年一一月三〇日までの事業年度の法人税に係る更正の請求に対する更正すべき理由がない旨の通知処分はこれを取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主分同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告の確定申告等

原告は、不動産の売買・賃貸借を目的とする合資会社であるが、昭和六三年二月一日、被告に対し、昭和六一年一二月一日から昭和六二年一一月三〇日までの事業年(以下「本件事業年度」という。)の所得金額を金一六八七万一九二九円、納付すべき税(法人税)額を六一二万五八〇〇円として確定申告した。

次いで、原告は、昭和六三年五月一九日、被告に対し、原告の本件事業年度の法人税につき欠損金額を三一二万八〇七一円、法人税額を〇円とする更正の請求(以下「本件更正請求」という。)をなしたところ、被告は、昭和六三年一〇月二七日、本件更正請求には更正をすべき理由がないとして棄却する旨の決定をなし、原告に通知した。

そこで、原告は、被告に対し、昭和六三年一一月二八日、被告の右処分について異議申立をしたが棄却され、さらに平成元年四月二八日、国税不服審判所長に対し審査請求をしたが、棄却された。

2  本件更正請求の理由

(一) 原告は、その所有する建物の一部(以下「従前建物」という。)を訴外高村幸雄(以下「訴外高村」という。)に賃貸していたが、その明渡しについて紛争が生じ、原告は訴外高村に対し、千葉地方裁判所に建物明渡しを求める民事訴訟(昭和六一年ワ第九七一号)を提起した。

(二) 右訴訟では、弁論期日に引き続き和解期日が指定され折衝が続いていたが、原告と訴外高村との間で、<1>従前建物の賃貸借を合意解除すること、<2>その替わりに原告は訴外高村に対し原告所有のマンションの一室である「ママハイム一〇六号室」(以下「代替建物」という。)を賃貸すること、<3>代替建物の賃料を廉価にしこれと正常賃料額の差額をもって立退料の支払にあてることでおおよその合意に達した。

ところが、和解期日を重ねるごとに立退料が上昇していくため、原告は、昭和六二年八月もしくは九月の和解期日において、立退料額は金二〇〇〇万円が限界である旨裁判官に申し入れ、裁判官から代替建物について予定する廉価な賃料と正常賃料額との差額を賃貸借期間を設定したうえで計算し、計算書を提出するよう指示を受けた。

一方、原告は、立退料額が金二〇〇〇万円を超えることを何としても避けたかったため、訴訟外で訴外高村と交渉し、昭和六二年一〇月五日、同人との間で立退料を金二〇〇〇万円とし(以下「本件立退料」という。)支払方法については別途協議する、明渡し期限については訴外高村の事情を斟酌し協議のうえ決定するという内容の合意(以下「本件合意」という。)が成立した。

(三) 以上の経過を経て、昭和六二年一一月六日、原告と訴外高村との間で訴訟上の和解が成立した(以下「本件和解」という。)。本件和解では従前建物の賃貸借の合意解除のほかに代替建物についての賃貸借契約の締結を内容としているが、代替建物の賃料、賃料の上昇、敷金・礼金・更新料の免除については、原告が立退料額が金二〇〇〇万円となるように裁判所に提出した計算書(ただし、計算の都合上端数は出ている。)にのっとり定められた。また、賃貸借の期間については、「期限の定めなく」とされたものの、賃料については立退料が満足されるように、昭和六三年一月一日から昭和七七年一二月三一日までのものが管理費とあわせて決定された。

(四) 右のとおり、本件和解の和解条項そのものには、立退料とか支払方法とかいった文言は使用されていないものの、原告と訴外高村との間では、訴訟外で、立退料額を金二〇〇〇万円とし、昭和六三年一月一日から昭和七七年一二月三一日の間の代替建物の賃料を廉価にするとともに敷金・礼金・更新料を免除して、これらと正常賃料との差額が金二〇〇〇万円となるようにして立退料の支払にあてるという内容の合意が成立しており、本件和解はすでに確定している立退料は法人税法二二条三項二号の「その他の費用」にあたり、原告の本件事業年度の「損金」に該当する。

3  よって、原告は、被告に対し、本件更正請求に対する更正すべき理由がない旨の通知処分の取消を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  請求原因2の(一)の事実は認める。

同2の(二)の事実のうち、和解交渉の結果、原告が訴外高村に代替建物を賃貸することになったことは認め、原告と訴外高村との間で代替建物の賃料を廉価にしこれと正常賃料額の差額をもって立退料の支払にあてるという合意がなされたこと、両者間で訴訟外で本件合意が成立したことはいずれも否認し、その余は不知。

同2の(三)の事実のうち、昭和六二年一一月六日、原告と訴外高村との間で本件和解が成立したこと、右和解において原告が訴外高村に代替建物を賃貸することとし、右賃貸借は期間の定めのないものとされていること、賃料及び管理費については昭和六三年一月一日から昭和七七年一二月三一日まで定められていることはいずれも認めるが、その余は不知。

同2の(四)の事実のうち、本件和解の和解条項そのものには、立退料とか支払方法とかいった文言が使用されていないことは認めるが、その余は否認する。

三  被告の主張

1  債務確定基準

本件事業年度の損金として計上し得るためには、本件事業年度において債務が確定していなければならない(法人税法二二条三項二号)。

いかなる場合に債務が確定したといえるかについては、

(一) 当該事業年度終了の日までに当該費用に係る債務が成立していること

(二) 当該事業年度終了の日までに当該債務に基づいて具体的な給付をすべき原因となる事実が発生していること

(三) 当該事業年度終了の日までにその金額を合理的に算定することができるものであること

のすべてに該当することを要する(法人税基本通達二-二-一二)。しかし、本件の場合、次の理由で右各要件に該当しない。

2  前記1(一)の要件の不存在

本件和解は、訴外高村が従前建物を明け渡す代わりに原告が代替建物を一定の賃料で訴外高村に賃貸することを合意したものであって、原告が訴外高村に対して立退料として金二〇〇〇万円を支払う債務があることを確認したり、その債務を代替建物の賃料の一部をもって返済していくことを和解の内容としていない。

本件和解条項をみる限り、立退料として二〇〇〇万円を支払う旨の合意が本件和解成立前に存在していたことは伺えないが、仮に、本件合意が存在していたとしても、原告は立退料を支払うかわりに、訴外高村に対して代替建物を一定の賃料で賃貸することを約し、他に原告と訴外高村間に何らの債権債務もないことを確認している(和解条項八項)のであるから、本件和解成立時において、原告が訴外高村に対して負担している債務は、代替建物を合意した賃料で賃貸する債務のみである。

3  前記1(二)の要件の不存在

(一) 条件付債務

本件和解条項には、昭和六三年一月一日から昭和七七年一二月三一日までの賃料が定められているが、右賃料は訴外高村及び同人の妻が代替建物を住居として使用する場合に限って適用されるのであって(和解条項五頁但書)、同人らが住居として使用しなくなった場合までも正常賃料と本件和解で定められた賃料との差額相当額について原告が訴外高村に対して債務を負担するものではない。したがって、本件和解によって原告が訴外高村に対して負担した債務は、同人及び同人の妻が代替建物を住居として使用することを条件とした条件付債務であって、当該条件が成就するか否かは本件事業年度終了時には不確定であるからその後に負担する約定の債務については、当該債務に基づいて具体的な給付をすべき原因となる事実が発生していると解することはできない。

(二) 従前建物の明渡し時期

本件和解が、原告の主張するように原告の訴外高村に対する立退料支払債務二〇〇〇万円を存在することを確認し、その履行方法を定めたものであると仮定しても、右立退料は本件事業年度の所得金額の計算上損金に算入されるべきではない。すなわち、右立退料は訴外高村が従来建物を明け渡すことの対価としての性格を有するが、訴外高村が従前建物を明け渡したのは、昭和六二年一二月一日以後であるから、本件事業年度終了の日までに具体的な給付をすべき原因となる事実が発生していたとはいえず、債務確定の要件を欠き原告の本件事業年度の所得金額の計算上損金の額に算入されないものである。

4  前記1(三)の要件の不存在

原告は、将来一五年間にわたる正常な賃料を二年ごとに五パーセントの賃料の上昇があることを前提として算出し、和解で定めた賃料との差額相当額の合計額を損金として計上しているわけであるが、将来賃料がどの程度上昇するかは不確定な要素が多く、将来の正常賃料を合理的に算定することは不可能である。したがって、本件においては、本件事業年度終了の日までに損金の額を合理的に算定することはできないといわざるを得ない。

四  被告の主張に対する原告の否認及び反論

1  被告の主張1(債務確定基準)について

法人税法二二条三項二号の規定する債務確定の基準が法人税基本通達二-二-一二の定めるところによるとの被告の主張は認めるが、本件立退料は右通達の三要件を充足し「当該事業年度終了の日までに債務の確定」という法人税法の要件に合致するものである。

2  被告の主張2(債務成立の要件不存在)について

本件和解で原告は訴外高村に対し、代替建物を一定の賃料で賃貸することを約し、他に原告と訴外高村間に何らの債権債務もないことを確認している(和解条項八項)ことは認めるが、その余の主張は争う。

本件和解に先立ち、原告と訴外高村間では、立退料を金二〇〇〇万円とする合意が成立し、この立退料を前提として賃貸借期間が定められているのであり(この期間内の正常な賃料額と和解で定められた賃料額との差額の累積合計額が立退料に見合うことになる。)、本件立退料の合意は、原告と訴外高村間では本件和解成立時にも当然有効なものと考えられていた。ただ、原告は本件和解成立以前から相当数の賃貸建物を所有し、金二〇〇〇万円という原告にとっては破格の立退料が他の賃借人に与える影響を考慮し、(当時、三葵借地借家人組合という賃借人の団体まで組織されていた。)、一方、訴外高村は低廉な家賃で長期間代替建物を借りられることになった以上、立退料額を和解条項に特に掲げる必要はなかったことから和解条項上、立退料額とその支払方法という形では記載されなかったにすぎない。

3  被告の主張3(給付原因たる事実の発生の要件不存在)について

(一) 条件付債務の主張について

本件和解条項中には、昭和六三年一月一日から昭和七七年一二月三一日までの賃料が定められていること、右賃料は訴外高村及び同人の妻が代替建物を住居として使用することを前提としていること(和解条項五項但書)という定めがあることは認めるが、その余の主張は争う。

右和解条項五項但書は、正常賃料と和解で定められた賃料との差額を原告の訴外高村に対する立退料の支払に充てるから原告の他の賃借人に比し低廉となっていることを明らかにするものに過ぎず、被告の主張する条件にあたるものではない。また、訴外高村が短期間で代替建物を退去した場合に右和解条項五項但書により原告は何らの立退料をも支払わないで済むとすれば、これは訴外高村にとって不当である。

(二) 従前建物の明渡し時期の主張について

被告の主張は争う。

昭和六二年一一月八日には、原告から訴外高村に対して代替建物の鍵の引渡しがなされ、また、訴外高村は同月中に従前建物を原告に明け渡して代替建物に引っ越したのである。

4  被告の主張4(金額の明確性の要件不存在)について

原告が、将来一五年間にわたる正常な賃料を二年ごとに五パーセントの賃料の上昇があることを前提として算出し、和解で定めた賃料との差額相当額の合計額を損金として計上していることは認めるが、その余の主張は争う。

原告と訴外高村間には、立退料についての合意がまずあり、その履行として正常賃料額と本件和解で定められた賃料額との差額をもってこれにあてていくとの和解が成立しているのであるから、損金の額は合理的に算出できるのである。さらに、二年ごとに五パーセントの賃料上昇という基準は、ごく通常に用いられている常識的・合理的なものである。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二1  請求原因2の事実のうち、原告が、訴外高村に従前建物を賃貸していたこと、原告と訴外高村との間で従前建物の明渡しをめぐって紛争が生じ、原告は訴外高村を相手どって千葉地方裁判所に建物明渡しを求める民事訴訟(昭和六一年ワ第九七一号)を提起したこと、右訴訟では、和解期日が指定され折衝が続いていたが和解交渉の結果、代替建物を訴外高村に賃貸することになり、昭和六二年一一月六日、訴訟上の和解が成立し、右和解において原告は訴外高村に代替建物を賃貸すること、右賃貸借は期間の定めのないものとされていること、賃料及び管理費は昭和六三年一月一日から昭和七七年一二月三一日まで定められていること、本件和解の和解条項中には立退料とか支払方法といった文言は使用されていないことはいずれも当事者間に争いがない。

2  そこで次に、原告と訴外高村間で、原告が訴外高村に対し金二〇〇〇万円の立退料を支払うという合意が成立していたかどうかについて判断する。

成立に争いのない甲第四号証、第八号証、第九号証、斉藤和子及び田野二三男各作成部分については、その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定され、かつ、高村幸雄作成部分については同人の証言により真正に成立したものと認められる乙第七号証並びに同証言を総合すれば、訴外高村は、原告から本件和解成立以前に立退料の話をされたことはなく、訴外高村は従前建物を明け渡すにあたり原告から立退料を支払ってもらえるとは考えていなかったことが認められる。加えて、本件和解において立退料を前提にしていたならば、当然、和解の席上で裁判官にその旨説明するはずであり、そうであれば和解条項中にその旨記載されるはずであるが、本件和解条項中には立退料とかその支払方法といった文言は使用されておらず、かえって、本件和解条項以外に立退料等何らの債権債務がないことを相互に確認していることが認められる。さらに、昭和六三年二月一日の確定申告時に原告が立退料二〇〇〇万円を損金として申告しなかった点について合理的説明がなされていない。また、従前建物の賃貸借契約を合意解除し代替建物を賃貸するという和解においては通常、代替建物の賃料を従前建物の賃料との見合いで一定期間低額に据え置くという形の和解がなされることはあっても、わざわざ従前建物の立退料を二〇〇〇万円と定め、正常賃料額と代替建物の家賃との差額が二〇〇〇万円に満つるまで同家賃を低くするという和解はなされない(代替建物を賃貸することは、従前建物賃貸と同一状態を作り出すことであり、立退料支払とはなじまない。)。本件和解が右の通常なされる和解ではなく、原告主張の右の後者の和解であるというためには、そのことを和解条項において明示する必要があるし、本件ではそのような和解をしなければならない特段の事情も認められないし、正常賃料額について鑑定もなされておらず原告の主張のみに過ぎない。

もっとも、原告は、昭和六二年一〇月五日、原告と訴外高村間で立退料の支払に関する覚書(甲三号証、以下「本件覚書」という。)が取り交わされており両者間で立退料を支払う合意があったことは明らかであると主張している。しかしながら、前記乙七号証によれば、訴外高村は昭和六二年一〇月には原告と本件覚書を取り交わした事実がないこと、本件事業年度の確定申告をした後である昭和六三年二月二一日原告代表者に迷惑をかけないといわれたので甲三号証に署名押印したことが認められ、両者間で昭和六二年一〇月五日、立退料支払の合意がなされたと認めることはできない。また、本件覚書が、原告主張日時に作成されたのならその後の和解において立退料につき金額、支払方法、支払時期等詳細に決めるべきなのに本件和解ではその点、明確な記載がない。さらに証人高村の証言によれば本件覚書作成にあたっては同人の訴訟代理人である訴外木村淳博弁護士が同席していないし、訴外高村は右弁護士に相談すらしていないことが認められるが、民事訴訟の被告として応訴している者が自分の代理人たる弁護士に当該訴訟の帰趨にかかわる立退料の合意という重大事に関する本件覚書作成にあたって何ら相談しないというのは不自然である。したがって、本件覚書が昭和六二年一〇月五日に締結されたと認めることはできない。

以上認定したところによれば、原告と訴外高村間では立退料支払の合意は存在しなかったといわざるをえない。証人高村幸雄の証言及び原告本人尋問の結果中、右認定に反する部分は採用できず、他に原告主張事実を認めるに足りる証拠はない。

三  ところで、当該事業年度の損金として計上し得るためには原則として当該事業年度終了の日までに債務が確定していなければならない(法人税法二三条三項二号)。そして、債務が確定しているといえるためには、当該事業年度終了の日までに当該費用に係る債務が成立し、かつ、当該債務に基づいて具体的な給付をなすべき原因となる事実が発生し、しかも、その金額を合理的に算定することができるものでなければならないと解するのが相当である。

本件についてみると、先に認定したところから明らかなように原告と訴外高村間では本件事業年度終了の日までに二〇〇〇万円の立退料を支払う合意はなされなかったのであるから、本件事業年度終了の日までに当該費用に係る債務は成立していないといわざるをえない。

したがって、その余の点について判断するまでもなく原告主張の本件更正請求には理由がない。

よって、被告が、本件更正請求には更正をすべき理由がないとして棄却する旨の決定をなし、原告に通知したことは正当であるといわなければならない。

四  以上によれば、原告の本訴請求は、理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 上野至 裁判官 高橋隆一 裁判官 市川太志)

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